三重県大紀町 姫越山(502.9m)

 

 

<日程> 11月16日(日) 晴れ

<目的> 海と山の展望を楽しむ

<ルート> 北登山口〜芦浜峠分岐〜姫越山〜芦浜峠〜南の登山口〜公園P

<メンバー>L:裕子 SL:秋男M 記録:幸江N 医療:英子M 裕光Y 健志郎N

L:志貴子I SL:厚子N  記録:林純平 医療:さつきI 邦子N 伸子Y

<記録>

5:30 半田アイプラザP出発

7:46 日の出公園P着

8:00 日の出公園P出発

9:20 休憩 芦浜峠分岐手前で

9:31 芦浜峠分岐通過

9:50 山頂到着 休憩 「きらきら光る海」がみえる

10:07 下山開始  激下り

11:00 休憩 お茶タイム

12:00 休憩 芦浜峠分岐 別の登山客と遭遇。「海辺でテント泊。星がきれいだった。」

13:18 南登山口通過

13:30 日の出公園P着

13:45 P出発

17:00 半田アイプラザ着

 

海抜0メートルからの!

              裕子S

 海辺の山は海抜0メートルから始まるんですよね。標高差は、標高そのもの。がんばるしかないです。

 登山口は津波避難所を兼ねていました。階段を上ると、落ち葉の登山道。カサカサと良い音をさせながら先へ進みます。木々の間から少しずつ変わっていく港の風景。のんびり上がっていきます。尾根に上がるまでは、日陰の中を歩きます。それでも寒くないのは、やっぱり南の方だからでしょう。汗もしっかりかき、山頂へ。山頂からは海が見え、気持ちの良い風景でした。

 今度は芦浜峠方面に向かって歩きます。アップダウンを繰り返しますが、ダウンの部分では、落ち葉が邪魔をして滑りやすく、ドキドキすることも。大丈夫と言い聞かせながら歩きます。25000分の1地形図では、沢山の登山道が入り組んでいる様子だったので、一番効率の良い道を選ぼうと、西へ向かう道を探しながら歩きました。ひとつ、かなり手前にある道を見つけましたが、地図にあるものとは違うようでしたので通過。先頭のNさんがルート研究をしていて下さったおかげで正しいルートで帰路へ。

 里山の低山はいつも登りごたえがあり、色々な発見があります。これからの季節、新しい魅力のある山を発見したいです。

 

おだやかな一日

英子M

朝5時30分アイプラザ出発、「迎は4時50分」と連絡有。毎回、起きられるか心配で眠れない。2時、3時って感じでちっとも寝られなかった。しかし、歩き始めから調子は良く、私向きの山であった。途中、爺塚、姫塚があった。源平合戦ころから、この山道があったのが本当に不思議だ。山越えをしなければならなかったお姫様の悲話を思いながら、山頂へ、「きらきら光る海」という言葉がぴったりはまる展望であった。人間は、自然を手の中で何とも自由にしているつもりであるが、実はその自然は、もっともっと雄大で人間はその中に包まれているのである。芦浜への分岐、ここに原子力が存在したら…と思いながら。美しい海岸線を見下ろした。途中であった方々が「芦浜の海岸でキャンプをした」「星がとっても美しい」と言って見えた。機会があったら、波音を聞きながら満点の星をみたい。

一日中、さんさんと太陽が降る注いだ南紀の山行であった。 感謝

 

S  L

           厚子N

“日の出公園駐車場から右岸を上流へ行き左岸を渡ると長い階段が見え、上がりきった所には新しい避難所があり登山口に祠あり・・・”

今回の任務はSLで先頭。「2パーティあるから大丈夫!」と思っていたが、家で、上記のように本で下調べしてメモを書いてきた。まるでカンニングペーパーを持ち歩くようで、これって良い??と思いながら地図とメモを互いに見ながら歩いた。

緊張のあまり海が見える展望台では感動もあったが心は気焦りでいっぱいだった。

無事下山まで間違えることなく行けるだろうか?皆がケガなく下山出来るだろうか?分岐点に来るたびに「こっちだよね?」とメンバーと確認。無事に港まで来たときはホッとした。

いつも真ん中を歩いていたときと違って、リーダー・サブリーダーの責任の重さを味わった一日となりました。メンバーの皆様、頼りないわたしでした。ごめんなさい。

 

海を見ながら

      志貴子I

 南伊勢町の姫越山へ、何か歴史の有る山のようだが定かではない。姫様が峠越えで命を絶たれた山だそうです。今日は天気に恵まれ山頂からは海がきらきらとまばゆいほどでした。下山に掛かり途中で出会った人たちは芦浜海岸でテント泊したそうですが星がとってもきれいで感激しましたとのこと山も良いが海辺のテントも楽しいだろうなと思い経験してみたい

な・・・・いろんなことにチャレンジしたい年寄りでした。

 

姫越山ここも三重県

             さつきI

 紀伊半島の山又山、尾鷲までの山道知っていた。計画書もらって登れるんだ〜と思ってうれしかった。

 姫越山の名前が又いいやはり姫様の伝説が残っていた。登山始め、なかなか急登だ。時々現れる海、おだやかに静かに輝いている。尾根道まで備長炭のウバメガシが大きく育っている。取る人もいないのか、中電の山なのか、やがて頂上、海が箱庭のように見える。おだやかに箱に納まっている。下りに入る、落ち葉が乾きツルツル。緩く山腹道を降り長く長く感じられる。いくつ山をまいたやら長い。海が近く入り江のため津波対策で階段、避難所、標高、みんな新しくなっていた。津波が来たら登れるかな、人間いざとなったら「登ちゃった」で、すむのかもしれない。いい日でした。

 

気持良かった姫越山

               裕光Y

海抜500m程度の山とは言いながらはじめから急騰が続き、また、アップダウンも。しかし、概ね山道は整備されていて歩きやすかった。次第に高度を上げていくと灌木の切れ目から熊野灘の海岸線が見えた。その時は「ワー、きれい!」との歓声が上がる。快晴で風がないというお天気に恵まれたので、リアス式海岸がくっきりと目に飛び込んで来るのと同時に、キラキラと輝くしたさざ波が海に浮かんでいる様子が何とも印象的だった。お姫様が登ったという歴史的背景やその苦労は知らないけれども、こんな景色を一時楽しんでいたことは間違いないだろう。

 

   伝説の山

             建志郎N

 三重県大紀町にある姫越山(ひめごやま)。高さは503mでそれ程高いという訳ではない。お姫様でも越えられるなだらかな山という印象を受ける。

 ところが、調べてみるとこの山には次のような悲しい伝説があった。

 「戦いで敗れたお姫様が、爺やと一緒に熊野に落ち延びるため、この山を越えようとした。しかし、疲れて動けなくなったので、爺やが水を汲みにいって帰ってきたら、お姫様は既に息が絶えていた。爺やはお姫様を葬い、自分も切腹して後を追った。」

 まさに、「お姫様では越えることができない険しい山」ということを伝えているのではと心配になる。

 駐車場近くの避難階段を上がると、すぐに登山口である。細くて、急な坂道が続き、編笠山のトラウマが頭をもたげてくる。しかし、暫く進むと下り坂も見えてきて一安心。登り・下りを繰り返しながら、次第に高度を上げていく。

 頂上近くまで歩いてくると、道の横にひっそりとした塚が見えてくる。爺ケ塚である。爺やが祀られているということであるが、誰が葬ったのだろうなどと考えながらしばらく進む。すると、目の前に立派な石積みが現れる。姫塚である。「あと少しで頂上なのに、さぞかし無念だっただろう。」などと思いを馳せる。

 頂上からの眺望は素晴らしいの一言につきる。天気も良く、海がキラキラと輝いている。眼下に見える、弓形に伸びる芦浜は原発建設の予定地であった。住民の反対で建設中止となったが、そのお陰でこの美しい自然が守られたことになる。きっと、塚の中で眠っているお姫様と爺やも喜んでいることだろう。

 

きらきら輝く熊野灘

             伸子Y

 先輩に教えていただいた姫越山は、熊野灘の眺めが素晴らしいいい山でした。

 三重県大紀町までのアプローチは長く、高速道路も渋滞しやすい所で心配しましたが、予定通り到着できました。502.9mと低い山ですが、登り始めは、結構な急登で息が上がる。樹林帯の中を尾根伝いに登って行く。芦浜峠分岐から少し行くとこの山の由来となった姫塚がある。

お参りをして、30分程で頂上へ。北側は樹木におおわれて展望はないが、南側にはキラキラと輝く熊野灘とリアス式の海岸線の眺めが素晴らしい。

下山は、結構な急坂もあったりして、皆さん滑らないように慎重に下りました。途中から尾根に沿ってトラバースし、無事に神社のある南登山口へ降りてこられました。すぐそばには、錦漁港があり風情があっていい。魚市場もあり海鮮の販売もあるようだが、帰りの時間も迫っているので、お土産はこの次となる。

今回、新しく入会された健志郎Nさんが参加され、皆さんと親睦を図ることが出来ました。

また、早朝から遅刻をしてしまい、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした。猛反省です。

 

姫 越 山

純平H

私の今回の山旅は「ツルゴヤマ」から始まった。お誘いを受けて目的の山を山名辞典で探したが無い。辞典は20万図に記載されている山名が載っているはずで、無いのは地方の玄人好みの低山だろうか。電話では三重県紀伊長島、芦浜あたりとのことで地図を開くと「芦浜」の場所がわかった。随分遠い所だ。そうこうしている内に登山計画書をいただき「姫越山」とあり完全に電話の聞き違いだった。やっと山の場所と名前が地図で確認できた、山の名前を間違えるとはお恥ずかしい。

503mの山頂からは水平線を目のあたりにした、浜辺は奥に引っ込み湾を形作っている、岬近くに島が3つほど浮かんでいる。ここまで来ないとこの美しい景色に出会えない。絵心でもあれば写真ではなく絵の具でこの光景を描いてみたいものだ。自分は地平線を見ていないが、水平線とてそう意識して感じないと眼前に見ていても記憶には残らないように思う。登る途中源平合戦のおり平家方の落人が姫君をかばいながら落ち延びようとして姫が絶命、後を追って爺が命を絶った二人の塚が少し離れてあった。案内標柱でそれとわかる。京都から相当離れた文化隔絶のこの地に誰を頼って落ち延びてくるのか、私には気の遠くなるような話だ。「姫越山」の名前はこのあたりから来ているかもしれない。歴史に興味のある人はこの山を研究対象として楽しいかもしれないが800年も昔のことを言われて「そうですか」程度の感慨しか浮かばない自分は知的好奇心ナシで、これも少々寂しいですね。ほどよい疲労感にあふれ更に天気にも恵まれた心楽しい山行となった。

 

まだまだな私

幸江N

姫越山、何だか歴史のある山へ行ってきました。標高は503メートルと低いのですが、海抜0メートルから登るので、適度なアップダウンがあり、海を眺めながらの山歩きというとても贅沢な山行でした。

里山なので分岐もいくつかあり、その都度整地をして地図読みの勉強にもなりました。

お天気も良く、頂上からはきらきらと光る海が見渡せて、誰かの「地球は丸いね!」という声が。よく見ると確かに地平線がま〜るく見えました。

いつもの歩き方で登っていると、後ろのLさんから、大股すぎる、と指摘を受けました。その為に、小石や小枝を後ろへ飛ばしていた模様。ごめんなさい。下山の激下りでは、滑って転ぶのが怖くて腰が引けてしまい、小鳥がバタバタしてるみたいで自分でも滑稽でした。入会して1年以上経つが、どうやらヘンテコな歩き方のままでここまできてしまったようで少しショックを受けました。今後は歩き方を意識して、小股歩きを心がけたいです。

簡単には上達しない、山体力もなかなかつかない、でも逆にそれだからこそ、もっと上手くなりたくて、ずっと続けていくのだと思います。