冬合宿トレーニングA
八ヶ岳 赤岳(2899m)
日時 11月23(日)24日(月)
天候 両日とも晴れ
目的:2014年冬合宿トレーニングA 幕営 長距離歩行
メンバー L:洞井孝雄 SL:良子I 記録:洋介S 会計:東洋太郎K 渉外:征季W
スケジュール
11月23日(日)
7:50 観音平駐車場
7:57 登山開始
8:45 雲平 休憩
9:35 押手川 休憩 降雪があった印のように岩陰に雪が残っている。
10:25 休憩
11:15 編笠山頂 休憩 登山道に雪が残っており、岩を拾いながら下る。
11:59 青年小屋 休憩
12:40 ノロシバ 休憩 急峻な岩場を登る。
13:18 ギボシ 通過
13:20 権現小屋 休憩
14:00 権現岳山頂
14:27 71段梯 通過 高度感に足が震える。
15:16 ツルネ 通過
16:00 キレット小屋着
18:30 就寝
11月24(月)
5:00 起床 アイゼンをすぐ出せるようにと指示を受ける。
6:25 出発 強い風を受けながら岩稜を登る。
7:30 梯登り風裏にて休憩
8:10 真教寺分岐 デポ
8:27 赤岳山頂
8:40 真教寺分岐 休憩 鎖場の連続、気が抜けない。
9:26 休憩
10:36 扇山 休憩
10:59 牛首山 通過
11:29 休憩 タクシーを手配する。笹原、賽の河原を抜ける。
12:26 たかね荘 タクシーにて移動
12:56 観音平駐車場
充実したトレーニング
東洋太郎K
記念登山以来3週間山行が空いてしまった。とはいえ私にとってはこれが冬合宿トレーニングの初回。1泊2日八ヶ岳で冬装備のザックは本番さながらの重さでいきなりのボッカトレになってしまった。天気は快晴で、もう11月下旬というのに編笠山への登りでは大汗をかく。初日はキレット小屋までで、青年小屋へ降りたのちさらに権現岳へ向かう。ここからは岩場の通過のトレーニング。雪はまだないが切れ落ちた崖のトラバースがあり権現岳を越えたらスリリングな長い梯子があり慎重に進む。
2日目もトレーニング要素が満載。赤岳への登りはときおりの突風に注意しながら岩をつかんで登る。下山路の真教寺尾根の下山はクライミングのような岩場を降りる。鎖を少し掴んでもいいという言葉を受けて掴んでみると思いのほか力が入り鎖に頼ってしまいました。
今回の山行ははトレーニング初回としてはいろんな要素で充実した2日間となりました。体力・岩場の通過・幕営など足りない部分はいっぱいあります。合宿本番まで課題を持ってトレーニングに臨みたいと思う。
冬合宿トレーニング2
(編笠山・権現岳・赤岳)
征季W
冬合宿トレーニング山行を一泊二日で行ってきました。山域は八ヶ岳でした。アイゼンとピッケルを用意してのフル装備で登って行きます。良いお天気に恵まれて登山日和になりました。トレーニングの目的は長距離歩行ということでガンバッテ歩きました。今回は渉外というお仕事を頂き、事前に教えて頂きタクシー会社の手配とか道路状況を調べておきました。渉外というお仕事もネットで調たり電話で現地に問い合わせをしました。やはり、電話で聞くのが最新の現地の情報が入手できることもわかりました。
さて、登山のほうですが一日目はまずまずでしたが、二日目は朝から身体がとっても重くだるく、一歩一歩が本当に重く、先頭を行く洞井さんとかなりの開きができてしまいました。去年の冬合宿の時も二日目がとっても身体が重かったことを思い出し、寒さ・風・高度の3要素が原因ではないかと帰ってから、病院へ行き状況を説明したら、高山病の軽い症状で山酔いだと言われました。冬に山へ行きたいので、山酔いに効く予防薬を処方して頂きましたので、心強いです。あと自分の課題は小指が凍傷になってしまったので、今年の冬合宿は万全の体制で臨みたいと思います。凍傷に効くという漢方も病院で処方して頂きました。肉体的にはこれで万全になりますので、強い精神力を持続して冬合宿に臨みたいと思います。
雲海
良子I
冬合宿トレーニングでこのルートに来られるなんて思っていませんでした。しかも泊まりでトレーニングができるのですから、しっかりトレーニングを積みましょうっと。@編笠山から青年小屋への下り。大きな岩の上を飛ぶようにバランスよく、軽く下りていくのがフツーの人。ヨロヨロ、フラフラしながら必死の形相で、汗をかきかき、下りていく私。今回も、上達せず。ここで既に太もも筋肉痛。力、入り過ぎだってば!A権現岳からツルネの間にある長い梯子。昨年1月に登った時は、ここで腕力を使い果たしたら、どうなるんだろうという恐怖が、登るにつれ増していった箇所だ。梯子の上で順番待ちをしていた時は、「下りる方が怖い」と思ったが、実際に下りてみると、腕力を使わないし、アイゼンも履いていないし、両手も自由だったので、楽に下りられた。下りてからの、凍った登山道の方が私にとっては大変だった。Bキレット小屋から赤岳の登り。風が強いという予報だったが、それほどでもなく、岩場・鎖場は慎重に通過。皆で山頂に立てた。C真教寺尾根の下り。ここは無雪期に登ったことが1回、積雪期に下ったことが1回。岩場は、以前より、自分で足元を見て、落ち着いて下りられるようになったことがちょっと進歩。(あくまでも「過去の自分」と比べてです。)岩場より、根っこがあったり、石がゴロッとしている登山道で、素早く歩くことができず、相変わらず前の人と間が空いてしまった。進歩せず。D今回のメンバーは昨年の冬合宿も一緒に行ったメンバー。人となりが分かってきたし、皆で、昨年より、さらに良い合宿にしたいという気持ちが強くなりました。
でも・・・今回、トレーニングだというのに、一番印象に残ったのは、小屋から見た日の出前の雲海です!小屋から富士山まで歩いていける!!と本気で思いました。こういう風景が見られるから、やめられない!?
勉強になりました。
洋介S
冬合宿トレーニングAの目的は幕営と長距離歩行です。本格的な冬を前にしてこの時期の八ヶ岳の積雪と寒さはどんな感じなんだろう?と思いながら装備を考えていました。日付の近い山行記録や天気の予想から雪はほとんどなく、気温は高めだが風が強いと考えました。服装は夏服程度(アンダーともう一枚)で、風があればカッパを着る、防寒着はフリース1枚、シュラフは3シーズン用で大丈夫だろうと判断。手袋は念のためオーバー手袋も用意しました。帽子は風が強いので冬帽子。水場がないことから共同食用の水と2日分の行動用の水と嗜好飲料を加えると水分だけで4Kgとなり、水場・小屋がないと重くなると実感。
幕営はキレット小屋テント場です。4時頃に到着、平地を選び設営しました。テントの設営では洞井さんから、低い姿勢で設営する、自分で考えて行動するなど注意を受け、なかなか習得できないなと反省。
真教寺尾根の下りは、初めて経験する急勾配の下りでした。岩に正対し鎖を片方の手で持ち、下を覗き靴先が引っかかる凸部を探しながら降りました。鎖に体を預けた使い方となっており、後で洞井さんよりバランスを取る程度、鎖を握った手で岩も掴むと指導を受け(その時は鎖を信用しそれが精一杯でした)、今後は気を付けたいと思いました。幕営、歩行とも勉強になりました。
2014年冬合宿トレーニング2 11月23(日)・24日(月)
編笠・権現、赤岳縦走
洞井 孝雄
前置き
目を傷めてしまった。悪いものを見すぎたかな? サングラスはしていたのに。紫外線? 日光? それとも山頂付近の砂埃? 痛みをこらえて、ずっと下って来たからか、それとも途中でこすったからか…翌朝になっても痛みは消えないまま、不自由な状態が続いている。
23日・24日の二日間、合宿トレーニングで八ヶ岳に入った。今年は夏以来、八ヶ岳ばかり登っているような気がする。登山学校のマウンテニアリングの実技で美濃戸から硫黄岳、赤岳、クライミングの実技で南稜から阿弥陀岳、会の講座の下見で唐沢鉱泉から天狗岳、観音平から編笠山、実技本番でまた編笠山、そして今回、またまた合宿トレーニングで観音平から編笠山〜権現岳〜赤岳と縦走して真教寺尾根を下降。けっこうな回数だ。
合宿トレーニングの計画は…
今年の冬山合宿のエントリーメンバーは、二年目、三年目という人がほとんどで、初めての参加の会員はいない。かといって、次の段階に大きく足を踏み出すためには役者が不足している。となると、現状の顔ぶれで、次へつなぐための共通の体験や、可能なことを精一杯追求していくしかないというのが率直なところだ。
今回の合宿の目的は、「雪山の基礎技術、行動に習熟し、さまざまな状況に対応できる力を身につけ、会の登山力量の底上げを図る」とした。エントリーメンバーの多くが、単なるスキルの向上ではなく、いろいろな場面で、的確に状況判断をしたり、必要な対処ができるようになりたい、ということを希望したからでもある。
前もって、「今回の合宿では、毎回テーマを決めてトレーニングをしたいので、そちらに集中してほしい、日程が空いているから、と山行予定を勝手に入れないこと」を伝えた。毎年、事前に山行計画をどんどん入れてしまって、合宿のトレーニング日程を決めても、その日は…と、合宿に集中するより個人山行が優先される、かくして残ったメンバーだけでトレーニングをすることになってきた。エントリーしたメンバーは本番に参加できるできないにかかわらず、トレーニング山行に参加するようにしていこう、という趣旨でもある。実は、この八ツの計画を立てる前にも、参加メンバーの何人かが、前から自分たちの計画を持っており、当初のトレーニング日程を決めるときにも参加の可否のところではうじうじと手を挙げなかった。後日、出しにくそうにその計画書が出されたときに、「なんで、あのときに、それならそうと言わなかったのか? メンバーによっても行くところが変わってくるんだぜ」という思いをぶつけてみた。「これがあったから、なかなかはっきりと意思表示できなかったんです…」という返事があって、「別に、合宿のトレーニングの時期に何が何でもやらなきゃいけない、という計画ではないので…」と一旦出した計画をすぐに撤回、トレーニング山行に合流した、という経過がある。これは嬉しかった。
今回の計画は…
で、今回は山域をちょっとホネのある(だったと思いたい)編笠・権現を回ってキレット小屋で幕営、翌日は赤岳に登って真教寺尾根を下るという計画にした。テーマは「幕営・長距離歩行」。メンバーは、良子I、洋介S、東洋太郎K、征季W、それに私の5人。
彼らにとって、その選択が良かったのか悪かったのかはわからないのだが、少なくとも(これも結果論だけれど)、アイゼンやロープを使わないで、午後、中途半端に少量の雪が岩の上に乗った稜線付近のアップダウンの通過や、まったく雪のない急峻な尾根の冬靴での下降はそこそこいい経験になったのでは、と思う。好天で雪がなかったので、当初の縦走計画はまっとうできたのだけれど、これで雪があったり、崩れたりしたら、多分、この山域ではまた別の判断や行動が求められたことだろう。
観音平からキレット小屋へ
11月23日早朝、半田を出発。すでに車のいっぱい停まった観音平にかろうじて駐車、出発準備。編笠山めざして登り始める。講座の実技のときのような快晴ではないが、頭上には青空が広がっている。日陰に入ると寒い。日向に出ると反対に首筋が暑い。首筋にスカーフでも一枚あると快適なんだがな、などと思いながら登った。今年三度目の編笠なのだが、登るたびに山頂が遠くなっているように感じたのは気のせいか荷のせいだろうか。なんとかたどり着いた山頂で一休みして青年小屋に向かう。日陰になった樹林の中の道には雪が少し残っている。小屋の手前のモレーンの部分には全くと言っていいほど雪がなかった。二年ほど前の10月の定例山行では、青年小屋経由で編笠山を目指しながら、この岩の上に降り積もった雪で、ここから引き返したのだった、などと考えながら、閉まった青年小屋の前に着く。小屋の周囲には結構登山者の姿がある。
一休みした後、権現岳方面を目指す。緩やかに下って登りつめると道は樹林帯から岩稜帯にかわって、鎖場が現れ始める。ノロシ場、その先に権現小屋、権現岳、が見える。荷がこたえ始める。尾根道を吹き渡る風も冷たさを増している。鎖場を越え、権現小屋前から分岐に上がって荷物をデポし、権現岳のピークを往復する。
分岐から下降を始めると、すぐに例の鉄梯子が現れる。最初にとりついて「Kくん、何段あるか勘定してきてくれ」と声をかける。垂直に近いのと高度感があるのとで通過する人は緊張するらしい。段数は71段。「段と段の間を50cmとすると35メートルですね」Sが数字をはじく。30メートル前後か、そんなことを話しながら先を急ぐ。指先が冷たい。「気温は?」後ろのWに聞くと、「2℃。コーヒーにニド…古かったですか?」ずいぶん昔に流行ったコマーシャルだ。
登山道に残った雪が岩に乗って滑りやすく、急な段差を下るのに神経を使う。「明日の朝、赤岳本峰に向かうときにはアイゼンを出さなければならないかもしれないな」、そんなことを考えながら歩いた。ツルネまで約1時間。開けた尾根からは緩い傾斜の尾根筋のアップダウンが続く。樹林の中に入って、キレット小屋の屋根が見え始めたところから唐突に鎖場が現れる。気が抜けないところである。テント場にはなかなか平らな場所がない。最後は妥協の産物。
16時30分、設営完了。Kに水場を見に行ってもらったが、水は出ていないとの報告。出発前、仕事で打ち合わせに出れなかったIが水の有無を心配してメールをくれたが、時を同じくして、一人500CC(みんな、それ以上の量を担いできてくれていたのだったが)を持参、と申し合わせたのは正解であった。
18時近くなれば、周囲は真っ暗、テントの中もしんしんと冷えてくる。夕食の支度が始まった。
赤岳から真教寺尾根を下降
11月24日。翌日も晴れ。
「朝焼けの富士山、ものすごく奇麗ですよ」トイレに出て行った鈴木が教えてくれる。「写真,撮らなきゃなあ」カメラを手にテントを出てみると、なるほど、真っ赤に染まった水平線に富士山の姿がみごとである。
撤収、パッキング、6時30分出発。しばらくは開けた感じのゆるやかな尾根筋を歩く。優しい山容だが、それもすぐに荒々しい岩で構成された赤岳への登りに変わる。後ろを見ると、Wが少し遅れている。唐突に足が止まってしまったらしい。昨年の冬も阿弥陀のほぼ同じ標高から、こんな状態になったのではなかったか。きつそうだが、ここは頑張ってもらうしかない。明瞭な目印が岩の中に続いている。風が強い。寒い。気温0度。手や顔が冷たい。雪も氷もない状況であっても、低温下であれば、凍傷にかかる可能性はある。ルートはずっと西側についているが、たまに尾根の東側に出ると、うそのように風のない陽だまりになる。その暖かさは、そのまま動きたくなくなるほど心地よい。
真教寺尾根の分岐にザックを置き、赤岳山頂へ向かう。分岐から山頂まではけっこう距離がある。8時27分、今年二度目の赤岳山頂である。気温はマイナス2度、風速は数bほどだが、早々に下山を開始する。私たちが下り初めた頃から、登ってくる人たちの数が増えてきた。文三郎道方面から登ってくるひとたちだ。
真教寺尾根分岐からザックを再び担いで、下降を始める。Wは下りになっていくぶん調子を取り戻したようで、持ってもらっていた荷物を自分のザックに戻して歩き始めた。
真教寺尾根の下りは最初から鎖場が連続する。最高斜度は75度にもなるという岩尾根の下りは緊張を強いられる。二年ほど前の春合宿でここを下った時には、雪がついていて、ザイルを張ったが、今回は鎖を万一の場合の支え程度に、岩角を探ってホールドにしながらの、慎重な下降が続く。30分ほども下り続けると、尾根は少し傾斜を緩め、岩稜から灌木帯の中に入っていく。目の前に扇山のこんもりとしたピークが現れる。
「あれを越えていくんだ。まだ遠いな」
足元も土と岩、砂礫の滑りやすい下りに変わる。交互にずりっずりっとやりながらT時間ほど下り続けると、次第に尾根道は幅広く、樹林の中の緩やかなアップダウンになる。ここも油断大敵、けっこう尻もちをつきそうになる。灌木の中の踏み跡を拾いながら斜面を登りきると、朽ちかけた「扇山」の標識がある。
なおも下って30分足らずで牛首山、さらに30分ほどで賽の河原に出る。ここからはササの中に踏み跡が下っている。丈の低いササの広がる緩い斜面の下降では、道に被ったササに岩が隠れていて、変な足の置き方をすると、疲労のそろそろ出始めた足はひねったり、つまずいたり。バランスを崩すと持ちこたえられず、危なくて仕方がない。
ササ原の下降も、いつしか木道にかわり、それが石畳に変わるころ、左手に町営たかね荘の建物に並行して歩くようになる。12時26分、着。
12時半に予約したジャンボタクシーがすでに到着、待っていてくれた。ここから八ヶ岳横断道路を観音平まで戻った。道の両脇はカラマツの林が続く。
ピッケルもアイゼンもザイルも使わなかったが、テーマとして掲げた「幕営・長距離歩行」という目的はひととおり、できたのではないか、と思う。